第二十九話「最悪のワルツ」第二十九話「最悪のワルツ」ヘルガの両腕に填められているクローが不気味に光り出すと同時、マーティオの周辺の空気に異変が生じる。 (寒い!) 一気に気温が下がっていくのが分る。しかも、ヘルガを中心に床が凍りついていくではないか。 「凍結能力!?」 「そう、それがこのリーサル・クローのレベル4。如何なる物をも凍りつかせ、後はクロー自体の刃で切り裂く……素敵でしょ? 氷って、砕けるととってもキレイなんだから」 ヘルガが言うと同時、マーティオの身体が徐々に冷えていく。汗が凍り付いて、眉毛から氷柱が出来てしまいそうな状態だった。 「くそっ!」 サイズが展開。無数の柄に分離し、螺旋階段のようにマーティオを包み込んでいく。クローの冷気への対抗手段だ。これで少しは冷気をガードできる。 だが、あくまで『冷気』の場合、だ。 「あは♪」 弾んだ声を上げながらヘルガが目にもとまらぬスピードで急接近。 サイズのガードを物ともせずにマーティオと零距離にまで詰め寄ってきた。ぐい、と顔を押し付ける。もう鼻と鼻が触れ合ってしまいそうな距離だ。 「なーにー? あの世から帰ってきたってのに随分と冷たいのね」 直後。ヘルガが更に顔を押し付けてきた。 「!?」 その瞬間、何が起きたのかはマーティオにはすぐには分らなかった。 しかし、時間が経つにつれて、徐々に感覚がハッキリしていく。そして理解した。今、自分はヘルガと唇を重ねているのだ、と。 (冷たい!? なんだこれ!?) その冷たさのせいで、反射的にヘルガを拒絶する。両手で乱暴に払い除け、口元を拭う。しかしヘルガは違った。妖艶な笑みを浮かべ、舌で口元を舐めている。まるで味わうかのように、だ。 「ふふ、美味しい……」 その瞬間、マーティオは思った。 この女は誰だ、と。 彼が知るヘルガは記憶喪失だったとはいえ、大人しい性格で、なんと言うかよく恥かしがっている少女だった。何をしようにも赤面して、今のように積極的に口付けを求めてくるような事は決してない。 「マーティオ、私ね」 そんな時、目の前に居る女は喋りだす。 「あなたの事を殺したいくらいに愛してるの。だから、私が思いっきり殺してあげる」 直後、ヘルガは動き出す。 だらしなく腕を垂らし、周囲に冷気のオーラを纏いながら。 「さあ、踊ろうよ。殺すほど愛してあげるから」 ダンスという名の高速移動。予測不能な不定調和音のリズムに合わせながら、ヘルガはマーティオに襲い掛かる。 しかし、ダンスを誘われたマーティオは笑みを浮かばせながら言った。 「生憎、俺はダンスはやった事無いんでね!」 サウザーは自室でモニター鑑賞をしていた。内容は別室で行われているマーティオVSヘルガである。 (うむ、少々当たるのが早かったが、これも計画通りだな) 未来と古代技術の応用。今は亡きイシュの天才科学者ノモアが作り上げた『人の記憶を読み取る』マシーンでマーティオの過去を調べた結果がこれである。 そもそもにして、最初はマーティオの友好関係を知ることが目的だった。他のランスの所持者を知ることも目的の一つだし、Drピートやフェイトの様な、サウザーが思いもしなかった人物がいるのではないか、と言う事を知るのも目的の一つだ。 調べ上げた結果。ランスの所持者も判明し、今は別行動を取っている事が判明した。 しかしそれ以上に使えると思ったのはマーティオの記憶の中で、特に大事にされていたヘルガとの思い出だった。 ヘルガという存在を知ったサウザーはすぐに部下へと命じた。ヘルガの遺体を回収し、余った最終兵器、リーサル・クローと融合させろ、と。 その意図は簡単だ。マーティオを葬る最高の役者を用意する、それだけである。 今のイシュは最終兵器を必要としている。しかしはっきり言うと所持者は、しかも敵対している奴は『邪魔』でしかないのだ。故に、最初からマーティオは彼の計算では殺される事になっていたのである。 しかも(これはあくまでサウザーにとっては嬉しい誤算だったが)、生き返ったヘルガは喜んでマーティオの処刑役を買って出てくれた。 事前に報告はあったが、死人が最終兵器と融合すると、生前の人格は殆どなくなるらしい。どうやら本人の人格と元々意思がある最終兵器の人格が交じり合った結果、ヘルガの人格はかなり狂ってしまったようだ。 (嫌がった場合はノモア博士特性の催眠薬で洗脳する予定だったが……省けてよかったね。元々量がそんなに多いわけじゃ無いし) そんな時だった。 不意に、背後から声をかけられる。 「店長、そろそろ私としてはグレイトに終わりにしたい所なんですがね?」 振り返ってみると、そこには赤い目と髪。そして左目の下にホクロがあるのが印象的な女性。レストランでは自分が雇っていた用心棒兼ウェイトレス。 フェイト・ラザーフォースがいた。 彼女は腕組をしたまま、真っ直ぐな視線でサウザーを睨んでいる。 「私は貴方に雇ってもらい、そして世話になった恩がある。これ以上はグレイトに止めてもらいたい所だ」 だが、そんなフェイトの言葉にサウザーは答えようとしない。 代わりに出したのは、一丁のリボルバー。 「残念だよ、フェイト君。君はよく働いてくれたのにね」 そう言うと、サウザーは躊躇いも無く引き金を引く。それと同時、乾いた銃声が室内に響いた。 だが次の瞬間、サウザーは自身の目を疑う事になる。 「何………!?」 銃弾によって額に穴が空くはずのフェイトが、銃弾をかわしたのである。とてもスムーズな流れで、だ。 「無駄です、店長。私に銃はグレイトに通用しない」 女性とはいえ、フェイトはマーティオ達デルタフォースの先輩だ。今は亡き師であり、父親代わりでもある翔太郎から受けた修行は他の三人の比ではない。 「山の中で10年以上もあの馬鹿三人と修行をし、何度も死に掛けました。しかし、得た力はグレイトに大きい」 確かに銃を避けるなんて身体能力はグレイトとしか言いようが無い。 「さあ、店長。グレイトに降参していただきたい」 銃はフェイトには通用しない。直線的に発射される銃弾は全て彼女にかわされてしまうのだ。 「だが、これならどうだろう!?」 すると、今度はデスクの中に収めてあったマシンガンを構える。 マシンガンの連射ならば避けられるはずがあるまい、という算段である。 「まだやりますか……!」 「フェイト君。私はね、もう止まれないんだよ!」 その瞬間、マシンガンの銃口が火を噴いた。 一気に次々と発射される弾丸の大嵐。これを避ける人間なぞいる訳が無い――――――ハズだった。 しかしフェイトは稲妻のようにジグザクと凄まじいスピードで移動し、サウザーのマシンガン攻撃を何事も無かったかのような顔で回避する。 「ば、馬鹿な……!」 撃ち尽くしてマシンガンを床に落としてしまうサウザー。連射力を誇るマシンガンでも、フェイトには一発も当たらない。 「だが、これはどうかな?」 そう言うと、サウザーは不気味な笑顔で一丁の銃を取り出した。 先ほど使用したのと大して変わらない形のリボルバー。しかしこの銃には他とは違う機能があった。 「普通にぶっ放したんじゃあ、君は避けてしまう。ならば、避けられないような銃撃なら構わないわけだ」 その瞬間、店長のリボルバーが不気味に光りだす。 「レベル4、発動」 「!?」 次の瞬間、サウザーが引き金を引き、弾丸をぶっ放す。 それに対し、フェイトは驚異的な視力で弾丸を捉える。一見、普通の弾丸だ。銃の所持OKの国では一般で発売されていてもおかしくは無い、そんな弾丸。 だが、そんなのは『見た目だけ』だった。 フェイトが先ほどと同じように回避しようとした次の瞬間、突然弾丸が破裂し、空間が捻れる。 「――――――!?」 見えない何かに叩き付けられたかのように、フェイトの身体が床に押し付けられる。 動こうにもマトモに身体が動きはしない。 「これが私の最終兵器――――」 サウザーが得意げに言う。 自身が持つ最強の兵器の名を。 「リーサル・ガン! 能力は重力展開だ」 クローの鋭利な刃は容赦なくマーティオに襲い掛かる。レベル4の凍結能力で攻撃対象を凍りつかせ、その次に襲い掛かる刃は容赦なく対象を切り裂いてしまう。 (要は対象をかき氷の原材料にして、後はクローで遠慮なくかき氷にするって訳か!) 一撃でも命中したら命は無い。 しかし、かと言ってマーティオは中々ヘルガに攻撃できなかった。ヘルガが手強いからと言う理由ではない。彼の中で唯一といってもいいほど殺せない存在だからだ。 (くそっ!) 今日ほど理性という物を恨んだ事は無い。普通の女子供でも容赦なく殺せるが、それでも彼はヘルガだけは殺す事が出来ない。全て心の中にある理性が押し留めてしまうからだ。 「だが、負けられない!」 クローの攻撃を驚異的な反射神経で回避。直後、大鎌を1回フルスイングさせる事でヘルガを近づけさせないようにする。 「………」 一瞬、マーティオの表情が無表情以外の何物でも無くなってしまった。まるで感情が無い人形のようである。 「……最後だ、ヘルガ。踊ってやろうじゃねぇか」 それは殺し合いの了承の意。 ダンスの終わりはつまり、どちらかの死を意味する。 「あは♪ やっとその気になったんだね、私嬉しいよ」 狂ったようにケラケラ笑うヘルガ。 だが、そんな彼女を見たくないと言うのがマーティオの本音だった。 (ああ、確かに俺が知るヘルガは記憶喪失で、本来の彼女ではないヘルガだ。だが、あの戦闘マシーンみたいなあいつを、認めない!) 我侭、と言われればそれまでである。 だが、例え我侭でも貫きたい物がある。例え我侭でも大事にしたい物がある。例え我侭でも失いたくない物もある。 そして、例え我侭でも、二度と失いたくないと言う気持ちもあった。 だから彼は捨てる。 理性と言う名の足枷を。手錠を。拘束具を。 「レベル4、発動――――」 マーティオには殺し合いの美学という物がある。自分のこの手でちゃんと殺す事、だ。意識が無い状態に陥るレベル4はそれが叶わない。 だから彼は敢えてレベル4を発動させる。自分の意識が無いのなら自分が殺した事にならない。そう思いたいからだ。 「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!」 天井から溢れる月の光を浴び、サイズのレベル4が発動する。 筋肉が一気に膨れ上がり、目が銀色に変色。そして耳が俗に言うエルフ耳のように尖がっていく。 「があああああああああああああああああっ!!!」 野獣の様な咆哮。 その瞬間。マーティオの体から溢れんばかりの衝撃波が放たれる。 「く――――!」 まるで室内で台風でも身に受けてるかのようだった。 しかし、ヘルガは吹き飛ばされないように構えている。これから楽しく、激しいダンスを迎えようと言うのだ。こんな暴風で台無しにしたくはない。 「だりゃっ!」 まるで月の光の様な輝きをオーラのように放ちながらマーティオが突撃してきた。そのスピードは先ほどの比ではない。 「けど、スピードは『仮に私よりも速かった』としても、私には勝てない」 その瞬間、クローが不気味な光を放ち始める。その光から放たれた青い閃光が周囲を包み始め、一気に凍結作業を開始させる。 「!?」 その瞬間、マーティオの足が停止した。いや、正確に言えば『凍らされて動けなくなってしまった』のだ。床から生えた氷の腕が、がっちりとマーティオの足を掴んで動きを封じている。 「大丈夫、何時までもそのままにしたりはしないわ。だって、ダンスが楽しめないじゃ無い。私より速く動いたらダンスにならないでしょ?」 ヘルガがぱちん、と指を鳴らすと同時、マーティオの足を掴んでいた氷の腕がガラスの破砕音のような音を立てながら粉砕する。 「うがぁ!?」 氷の束縛からは解けたが、足の感覚が麻痺している。 レベル4によって脚力は何倍にも強化されてはいるが、これでは逆に何倍も『マイナスされた』ことになる。 「あは、思うように動けないでしょ?」 心底嬉しそうに言いながらヘルガが近づいていく。 「でも、全体的に今のマーティオ、ちょっと怖いや」 「!」 獣同然の眼でヘルガを睨むマーティオ。しかし、常人ならば気を失ってしまいそうなその眼を見ても、ヘルガは狂ったような笑みを浮かべるだけだった。 「ほら、身体中冷えちゃおうよ!」 クローから猛吹雪が発生し、部屋中を冷気で覆い尽くす。 あっと言う間に部屋中を満たしたそれは、部屋中のいたるところを凍らせていく。それはマーティオとて例外ではない。 「――――――!」 寒さで凍り付いていく足、サイズの柄を持った両手も徐々に震え始め、髪の毛や眉毛からは小さな氷柱が出来てきてすらいた。 「ほら、寒い?」 壊れた人形みたいな生気の無い笑み。 その顔は、猛吹雪で視界が殆ど効かない状態でも何故か見えることが出来た。まるで最初から『ソレ』を見るためだけにあるかのように。 「―――――――い」 「?」 マーティオが唇を動かして何か呟いているが、何を言ってるのか聞こえない。 だが、何度も呟くうちにようやく聞こえてきた。理性の無いはずのマーティオの『怒り』の叫び。心の咆哮。 「寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒いサムイサムイサムイサムイさむいさむいさむいさむいSAMUIいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!?」 その叫びだけでイシュ基地全体に大地震が響き始めた。 その震動の大きさは半端ではなく、直立で立っていたヘルガが思わず尻餅をついてしまった。 マーティオの大咆哮は基地の通路を伝わり、サウザーの部屋まで響いていっていた。 やはりその震動は大地震を髣髴とさせ、天変地異でも起きたのかと勘違いしてしまうほどの凄まじい物であった。 「うおっ!?」 ヘルガ同様、思わず尻餅をついてしまったサウザー。 だがその瞬間、フェイトを縛っていた重力の拘束が消えてしまった。 (チャンス!) 拘束から抜け出したフェイトは自慢のスピードで一気にサウザーとの距離を詰める。こちらの武器は至近距離で放つ拳や蹴り程度。これで決めれなかったら、 (恐らく、今度こそ重力に押しつぶされ、私のグレイトな敗北が決定する!) 相手はお世話になった店長。嘗て行き場もなく途方に暮れた自分を雇ってくれて、安定した生活を約束してくれた人だ。本当なら倒したくない。 だが、もう迷わない。重力で押し潰されそうになった瞬間、マーティオの叫びが耳を劈くように響いてきたのだ。それで思い出した。彼は自分を頼ってきてくれたのだ、と。 (あのマーティオが! 自分に絶対の自信を持つあのマーティオが! 誰よりもプライドの高いあのマーティオがわざわざ離れていった私を探し、頼ってきた!) 正直に言うと嬉しかった。懐かしさの余り泣き出しそうになってしまいそうになった程である。 協力して欲しい、という話が出た瞬間、彼女は弟分にはあり、自分には無い力の存在を知り、一度は申し出を断った。 だが、しかし。 (可愛い弟達が頑張ってるってのに、お姉さんの私がグレイトにやらないでどうするんだい!) 何事か、と思い立ちあがろうとするサウザー。だが、その視界は目の前まで迫ってきたフェイトを認める。 「く!」 とっさにガンを構える。もう一度先ほどの重力展開を発動させればフェイトはもう動けなくなるはずだ。後は引き金さえ引けば全てが終わる。 だが、引き金を引くよりも更に速い動きでフェイトがサウザーの背後に回りこみ、 「は!」 過去に瓶を真っ二つにした事がある恐るべき手刀で、サウザーの利き腕を『破壊』する。その瞬間、サウザーは言葉にならない悲鳴をあげてしまった。 その光景を見て、悲鳴を聞いた者ならば誰でも思うだろう。もう骨が折れたな、と。これで銃を構えただけでも大ダメージが身体に襲い掛かってくる事になる。 つまり、サウザーはもう最終兵器の使用は不可能、と言う事になる。武器を使う腕が使えないのなら、もう武器も使えないと言う事を意味するのだ。 「だが、勝敗は別だぞフェイト君」 そう言うと、サウザーは使えるほうの手でリヴァイアサンのリモコンを取り出し、操作し始める。 「まさか――――!?」 その瞬間、化物の咆哮が轟き、窓の向こうから見える海面からリヴァイアサンがその姿を現した。 「――――――」 呼んだか、とでも言わんばかりの雄叫び。海面から長い首を突き出した状態のリヴァイアサンは、結構上機嫌だった。 「さあ、お前の獲物は私の目の前にいるぞ!」 サウザーが叫ぶと同時、リヴァイアサンが長い首と顔をこちらに近づけてくる。 このイシュ基地はワープしている為、パリとは別の物で、しかもすぐ近くに海がある。故に、リヴァイアサンは顔を近づけただけでサウザーの部屋の壁を破壊し、荒い鼻息をフェイトとサウザーに浴びせる事が出来る。 「く――――!」 流石の人間化物フェイトも本家化物相手では打つ手が無い。宇宙人の勢力相手でもたった一体で壊滅してしまうそのパワーを前に、素手の彼女は成す術が無かった。 「そうだ! 悪いけど店長、『コレ』をグレイトに貰いますよ!」 そう言うと、フェイトはサウザーの腕が動かないのをいいことに、勝手にガンをひったくる。流石に泥棒の姉貴分なだけはある行動だった。 「はっ、君にガンを扱えるのかね!?」 サウザーの言う事も最もだ。最終兵器は所持者を選ぶ意思ある武器である。ソレを扱うには最終兵器に所持者だと認められる必要があるのだ。 「……………」 フェイトは意識を集中させ、ガンをリヴァイアサンの顔面向けて構えている。距離は20mも無いだろう。相手が少しでも動けば、あの凶暴そうな牙で噛み殺されるか、もしくは巨体で押し潰されるかのどちらかになるだろう。エシェラ達と同じように、だ。 「けどね! わざわざ姿を消した私を探しに来てくれた、あのグレイト馬鹿な弟の期待に、少しでも応えてあげないとね!」 その瞬間、最終兵器銃が不気味な輝きを発し始めた。そして使い手は理解する。この恐るべき超兵器の扱い方を、だ。 「グレイトに行くぞ、海の化物! グラビティ――――」 直後、フェイトが引き金を引いた。 その瞬間、銃口から弾丸が発射される。しかしただの弾丸ではない。銃口が向けられている向きに発射された『重力』と言う名の弾丸だ。実際の弾丸は発射されてすらいない。 「スマッシュ!」 しかし発射された重力波はリヴァイアサンの顔面に命中。 モロに受けたリヴァイアサンはサウザーの部屋から一気に海へとぶっ飛ばされ、キノコみたいな形をした巨大な水しぶきをあげながら海底へと沈んでいく。 「く――――くぅ~、流石に慣れない物をぶっ放すとグレイトに痺れるね」 レベル4の反動を手に受けたフェイトは、手を振って感覚を元に戻そうとしている。しかし、彼女は事の重大さをあまり理解してはいなかった。 (ば、馬鹿な! いきなりレベル4を発動させただと!?) 最終兵器を所持したばかりの人間は大抵はレベル3止まり。エリック、マーティオ、狂夜の三人もそうだったし(狂夜は今でもレベル4発動とまでは行ってないが)、イシュの最終兵器所持者達だって最初はそうだった。 しかし、フェイトのように最初からレベル4を発動でき、しかもタイミングよく所持者に選ばれる人間は今回が初めてである。 (フェイト・ラザーフォース……君は一体何者なんだ? 本当に人間なのか?) サウザーが困惑の表情を浮かべていたが、その表情はすぐに凍りついた。 「さて、店長。次にリヴァイアサンが襲ってくる前に、そのコントローラーをこちらにグレイトに渡してもらおうか」 ガンを構え直したフェイトが言う。彼女の目は本気だ。渡さなければ本当に引き金を引く事だろう。 「だが、私は過去に行かねば――――」 「行く手段ならこちらにもあるよー?」 何、と思わず前方を振り向いてみると、其処にはDrピートとネオンがいた。全力で走ってきたらしく、息がかなり切れている。 「僕が使ってきたタイムマシンがまだ残っている。ソレを使えば、君を過去に送る事は可能だ」 「だ、そうです。店長」 サウザーにとってはソレさえ聞ければ十分だった。 過去に行ってあの忌まわしきプリン大戦を止める事さえ出来れば彼は満足なのである。 そうとなればこんなコントローラーに用はない。サウザーは無言でコントローラーを手放し、大の字になって床にねっころがった。その時、フェイトに折られた腕が異常に痛んだが、目的達成に近づいた彼にとっては些細な問題なのかもしれない。 マーティオはサイズを引きずりながら、猛吹雪の中をゆっくりと歩いていく。凄まじい冷気によって目の焦点は定かではないが、それでも僅かに残る本能がヘルガを追い求めていた。あくまで『殺すべき敵』として。 「……むい寒い……さむい……サムイ……」 小言で寒い寒い、と呟いているが、ソレが逆に不気味さを増していた。しかしヘルガはこれに動じるどころか楽しんでいた。 「あははははははははははっ! どうしたのマーティオ、さっきの威勢は何処行ったの? もう一度吼えてよ、寒いってさ!」 しかしマーティオはゆらり、と不気味に歩み寄ってくるだけで、吼えるような勢いは見られない。 だが、変化だけは見られた。マーティオが身体中を震わせているのである。しかも表情が変わらないまま、だ。 「………?」 思わず首を傾げるヘルガ。 だが次の瞬間、信じられない光景を彼女は目の当たりにすることになる。 「――――――――――」 マーティオが解読不能な言葉を呟き始め、身体中の震えが更に激しくなっていく。だが次の瞬間、突然マーティオの背中の肉を突き破り、中からコウモリを連想させる巨大な黒い翼が出現したのだ。 「な――――!?」 流石のヘルガもコレには驚くしかなかった。だが、この黒い翼が羽ばたき始める時、それが遂に始まるダンスの幕開けなのだと、彼女は確信していた。 サウザーが発見した背中の遺伝子80%の違い。黒い翼は大きく羽ばたき始めると、吹雪を物ともせずにヘルガに猛突進。 「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!」 大鎌を思いっきり振りかざし、ヘルガとの距離を黒の翼で一気に詰めた後、一閃する。 その一撃はバネの様な脚力のヘルガに跳躍される事によって空を切る結果となったが、この黒い翼のスピードは強化された足よりも速い。 (まさかあんな秘密がサイズに隠されてたなんて……あれもレベル4の能力なのかしら?) 其処までは流石に分らないが、そんな事は問答無用で襲ってくるのが今のマーティオだ。翼を広げて一気に飛翔。そして大鎌を構えるその姿は正に死神を連想させてくれる姿である。 ヘルガは自慢の脚力で跳びはねる事でマーティオの攻撃をかわしていくが、黒の翼を展開させた彼の速度はソレを上回る勢いを見せていた。 「くっ!」 流石に危機感を感じたのか、ヘルガも攻撃を仕掛ける。 クローの凍結能力をボールのように凝縮し、大砲のようにマーティオ向けてぶっ放したのだ。 冷気のオーラの塊は真っ直ぐマーティオに向かっていき、避けられそうにも無いスピードで飛んでいた。 「!」 流石に直撃を受けたら生きたまま氷の像にされてしまう。ソレを感じ取ったのか、マーティオは翼を大きく広げ、自身の身をマントのように包んでいく。 直後、冷気の大砲が翼のガードに直撃。 ガードの翼は一瞬で、まるごと凍結してしまい、氷のサナギのようになってしまっていた。あれでは中のマーティオも無事ではすまないだろう。 しかし、次の瞬間。 「があああああああああああああああああああああああっ!!」 力任せに氷を一瞬で粉砕し、再び翼を展開してマーティオが突撃してきたのだ。しかも既に至近距離にまで迫ってきている。 だが慌てる必要は無かった。 大鎌の究極の弱点は振り上げた瞬間にある。その時、振り下ろすのを意識してスキが出来てしまうのだ。ヘルガには自身のスピードならばマーティオが幾ら速く振り下ろしても、カウンターを仕掛ける自信があったのである。 そして今、その振り上げた瞬間が来た。 「コレで終わりよ!」 神速ともいえる超高速のスピードでヘルガが反撃を仕掛ける。 だがその前に、マーティオは振り上げたサイズをそのままにして、『柄尻』を槍の様にヘルガの腹部に突き刺す事で反撃を防いでしまう。 「あぐっ―――――!?」 柄尻は腹部を貫通し、そのままの勢いでヘルガを壁に叩きつける。 「ひゃはっ!?」 レベル4で狂ったままのマーティオは、至近距離で獲物の顔を眺める。だが次の瞬間、頬にとても冷たいものが当たった。それがヘルガの手なのだと言う事を理解したのは、2,3秒してからの事だった。 「あ、ああ……これで終わりなんだ、何もかも……」 ヘルガは最後の力を振り絞って両手をマーティオの頬に合わせる。その表情は何処か嬉しげで、何処か悲しげだった。 「……へ、る、が?」 マーティオの銀色の瞳に光が戻ってくる。それはつまり、理性が戻ってきた事を意味していた。だが黒い翼もそのままだし、銀に光る眼もそのままならばエルフ耳の様な尖がった耳もそのままだった。つまり、レベル4発動中でも理性がある状態になってしまったのだ。 「何で……何で理性が戻る!? 分るぞ、まだレベル4は発動してるのに!」 「いいんだよ、マーティオ。そのままで……」 そのまま、ただソレだけを求めるかのように唇を重ねる。もうコレが最後のキスだと、分っていたから今やったのだ。 「有難う、私の我侭に付き合ってくれて」 でも、とヘルガは続ける。 「本当ならもっと違う形で会いたい筈だった……だけどね、私は変なんだよ。とっても貴方を愛したいのに、とっても貴方を殺したい」 狂っちゃった。 その言葉が、ヘルガ最期の言葉だった。その後は、柄が突き刺さった状態の、糸の切れた人形だった。 「こいつが………こんな物があああああああああああああああっ!!!」 ヘルガの腕に今でも装着されているクローに敵意を向けるマーティオ。生涯唯一愛した女性を狂わせ、そして自分に殺させた憎い存在。そして最悪の場面を『二度も自分に見せた』憎むべき兵器。 ヘルガの腕から無理矢理クローを取り外すと、彼はサイズの出力を最大限に高めた一撃を振り上げる。 「!」 だが、そこで止まった。 クローからヘルガの笑う顔が見えたからである。だがそんな物はただの幻影だ。本物のヘルガは再び亡骸になって床に転がっている。 だがそうだと分っていても、どうしても鎌を振り下ろす事が出来なかった。 『何時までも――――そのままの貴方でいてください』 クローから見えるヘルガは、満面の笑みを浮かべながらマーティオに語った。嘗て病室で笑っていたあの頃のように、だ。 『私は何時までもそんな貴方を大好きでいたいです。意識はこの兵器にあれども、私は何時までも貴方の傍で――――』 からん、と大鎌が床に落ちる。 直後、レベル4が解けて、マーティオが床に崩れ落ちた。その海のように深い青の瞳には、大洪水とでも言わんばかりの涙が溜まっている。だが、流すのはコレで最後だ。 「――――――――――」 最後の咆哮。だが、それは今までの野獣の様な凶暴な物ではなく、妙に悲しみの色に染まっていた、泣いたような咆哮だった。 続く 次回予告 エリック「キョーヤの遺体を運ぶ俺とオバチャンは、遂にキョーヤの正体を知ることになる。果たしてキョーヤの秘密とは!?」 薫「ところで、そんな私達の前に妙にだんまりとした奇妙なガキが現れるのさね。あんた一体誰さ?」 ??「……………zzzz」 エリック「寝てるぅー!? 次回は次回でいよいよ記念すべき三十話突入だってのに、この野郎寝てやがるううううううう!!!?」 アルイーター「はっはっは、今度こそ、今度こそ私の出番だ! 真の主人公の活躍を見るがいい!」 エリック「だあああああああ!! ンな訳ねェだろ、引っ込め!」 ネルソン「次回、リーサルウェポン第三十話記念特別編。『超警官ポリスマン!』。見ないと逮捕するのだー!」 エリック「はい、嘘言わない! 本当の次回は『サンダー・ボーイ』!」 ??「俺、参上」 エリック「誰だよ!? つーかなんで今回の次回予告は本編と比べてこんなテンション高いんだオイ!?」 第三十話へ ジャンル別一覧
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